夜が明けるといよいよ本格的なトレッキングの開始だ。
朝食を済ませ、ランチのサンドイッチを各自受け取って好きな時間に出発する。
先頭を歩き出したのはドイツのエリックとバーバラ夫妻だ。私たちはヒンガに昨夜のお礼を言ってから、ゆっくりと出発した。
クリントン川を左に見ながら広々とした草地を歩いていくとすぐに大きな吊り橋がある。その橋を渡るとそこからは再び神秘的なブナの原生林が続く。
木々は様々な種類の苔やシダで覆われ、熱帯地方のジャングルを彷彿させるその幻想的な光景に胸がワクワクしてくる。 時おりサルノコシカケや、木肌がツルツルのストリップ・ツリーとかいう木も見かける。この木は樹皮に苔がつくことを嫌い、一定期間ごとに苔のついた樹皮もろとも脱ぎ捨てるらしい。木にも神経質なタイプがあるようだ。 あたり一面が苔に覆われた場所もある。ふかふかのジュウタンのような感触が心地良い。
ヒレレ滝の小屋で昼食となる。ベランダのカウンターには、コーヒー、ジュース、牛乳などの飲み物がたくさん用意されていた。ニコニコしてサンドイッチを頬張り、ふと夫を見ると、サンドフライが彼のホッペタに止まったところだ。
日頃の癖とは恐ろしいもので、私はついパシッと叩いてしまった。 「もう夫婦喧嘩?」間髪入れずにバリーのヤジが飛んでくる。「ちがう、ちがう!」とあわてる私。
サンドフライがたくさん飛んでいて、おちおち食事もできやしない。急いでザックから防虫スプレーを引っ張り出し、サンドイッチを放り出してシューシューやっていると、背後でみんなが騒ぎ出した。ふと振り返ると、サンドイッチをくわえたケアが、ちょうど木の枝に止まったところだった。
ケアというのはオウムの一種で頭の大きな鳥だ。「やられたー!」と、私は思わず叫んでしまったのだった。ここで悔しまぎれのひとりごと。『そうか、あいつはビー・ケアフルのケアだったのか。全く油断のならない鳥だ。ブツブツ…』