ミルフォードトラック 9

折鶴講習会

昼間16㎞ほど歩いたせいか、ポンポロナ・ロッジの夜はようやくトレッキングらしい気分が盛り上がってきた。

 

昼間は、オーストラリアで買ったという自慢の帽子をかぶり黙々と写真撮影に励んでいたリチャードも、食事の間はおしゃべりだ。冗談を連発してはしゃいでいる。その合間にナプキンを何気なく折ったりしているので、ふと思いつき「折り鶴を知っている?」と尋ねると「見たことがある」とのこと。「作り方を教えてあげようか」と聞くと、みんなも大喜びで「ぜひやってみたい」と言うので、折り鶴講習会を開くことにした。

 

スタッフに大きな紙をもらい、はさみで切ってひとりひとりに配った。みんな真剣そのものの期待に満ちた表情だ。『まるでかわいい小学生みた~い!』と内心つぶやきながら 『先生』は大いに張り切ってしまうのだった。

 

しかし、英語力の乏しい私としては、とにかくやって見せるしかない。向こうでは、横田さんが汗をかきながら質問に答えている。ひときわかん高い声でその説明を補っているのはエリノアだ。私の夫は、と見ると何とビデオ撮影しながら口を出すだけでなく、手まで貸してあげている。『ちゃんと撮れているのかしら?』と思わず心配になるが、ま、それどころではないか。

 

彼らにとって慣れない折り紙は結構難しいらしい。一番初めに投げ出したのはアニーだ。四角を広げて菱形にするところで早くも挫折し、テーブルの上に放り出した。因みに彼女はイギリス人でどことなくサッチャーに似ている。『ここでやめさせてなるものか』と背中をたたいてなだめ、「続けて!」とやって見せると、ようやく「フムフム」といった感じで気を取り直してくれた。

 

帽子のリチャードは、時々ジョークなど飛ばしながら鼻歌まじりで快調な様子。ふと手元を見ると、何とよれよれでくしゃくしゃになっている。「ノー!」と叫んで手直しする私の手元を横目で見ながら「グッド・ワーク!」とか何とか言いながら照れ笑いしている。

 

オーストラリアのマーガレットは「ここはどうすればいいの?」とわざわざテーブルの向こうから聞きに来ては、一生懸命折り続ける。まるで小さな子供のようにかわいいおばあちゃんだ。ニュージーランドのデビィは、お手本をじっと見つめては黙々と折り続け、一番早く出来上がった。

 

「ところで明日の結婚式は私たちも見ていて良いのかしら?」とエリノアが言い出した。「もちろん構わないわ」と答えるとそれは楽しみだとみんなもニコニコうなずいている。更に「あなたたちの結婚式は日本式スタイルなの?」とエリノアは興味津々といった感じで聞く。日本人の結婚式に対して誤解を与えるといけないので、「いいえ、私たち独自の形なのよ」と答えると「日本ではどんな結婚式が一般的なの?」という質問まで飛び出して、3人で四苦八苦する羽目になった。

 

日本では神式・仏式・キリスト教式の大体3種類のスタイルがあって、一番多いのは 『神式』であること。神式では神主さんが 『お はらい』をすること、『着物』を着て 『三三九度』の儀式があることなど、身振り手振りで説明した。 驚いたことに、みんなお酒のことをよく知っていて、「サキ(酒)は持って来たの?」などと聞く人までいる。こうなってみると、荷物が重くなってはいけないとお酒を持参しなかったことが悔やまれる。みんなににふるまえたら良かったのに。

 

異国の旅の道中で、思いがけず日本人の結婚式に参列することになって、みんなの期待は高まる一方だ。こうなると、少しばかりは日本的儀式を取り入れざるを得ないようだ。「せめておはらい位はやった方がいいんじゃないの?」と横田さんが言い出した。彼も同じ思いなのだろう。そこで早速おはらいのための御幣を作り、式の時にはこれをブラントの持っているスライド式ピッケルにくくりつけることにした。

 

「神主役は任せてくれ」と横田さんが言ってくれたが「おはらいは僕にやらせてくれないか」と名乗りをあげたドクター・ブラントに譲ることにして、彼には進行役を務めてもらうことにした。

 

「明日の結婚式でこれを飛ばそうね」と仕上がった折り鶴を片手にカナダのアンが言うと、みんなも「そうしよう」とはしゃいでいる。『でも折り紙で山を汚すわけにもいかないよなあ』

 

マッキンノン峠