翌日は、THCのレッド・ボートに乗ってみんなでミルフォードサウンドを観光した。
大あくびをするアザラシや船体のすぐ近くを泳ぐペンギン、湖岸に流れ落ちる滝にかかる虹など、みんなで競うように写真を撮りまくった。このツアーでの写真撮影は、これが最後となるだろう。
ホテルにもどった私たちがギフト・ショップでTシャツなどを買い込んでいると、ビッキーとメリーベスがやって来た。
「キースにお礼をしたいので、ひとり10ドルづつ出してくれない?」と言う。そう言えば、ガイドのキースにはいろいろ気配りしてもらった。もちろん異論のあるはずがない。「オーケー」と言ってお金を出したが『ヘェー、他の国でも日本のPTAみたいなことをするとは知らなかったわ』と意外な気がした。
すると案の定ニュージーランドのデビィは反対の意見らしく、何やら彼女たちともめているようだ。言っていることは正確にはわからないが、 「ニュージーランドでは、仕事上のことではそういうお礼の習慣はないのよ。仕事以外でお世話になった場合は何かプレゼントをすることはあるけれど」ということらしい。
チップの習慣とも関係があるのだろうか。それにしてもこういうことになると習慣の違いが出てくるようで難しいものだ。
ランチを済ませ、とうとうお別れの時間がやってきた。ブラント夫妻と私たち以外はみんなバスでテ・アナウにもどるそうだ。
バスに乗り込む一人一人とお別れのあいさつを交わす。アンは日本語を覚えていてくれて、「ケッコンオメデトウゴザイマス!」ともう一度言ってくれた。思わずジーンとして抱き合ってしまう。
バスの中からみんなが手を振っている。本当にお別れだ。精一杯手を振って見送る私たち4人を残し、バスは砂埃をあげて去って行く。感傷的になったせいか、残された私たちは何となく無言だ。
クィーンズ・タウンまで飛行機に乗るため私たち4人は荷物を持ってホテルの前の飛行場に歩いて行った。今度は15人乗り位の少し大き目の飛行機だ。適当な席に乗り込むと、エリノアが「その席でちゃんと外が見える?これからマッキンノン峠の上を飛ぶのよ」と注意してくれた。
私たちが後ろの方に席を変えようと立ち上がると、がやがやと日本人観光客の一団がやって来た。「早く早く!」とエリノアとブラントに急き立てられるようにして後部座席へ移ると「それでよろしい」と二人がうなずいてニコニコ笑っている。私たちは日本人でありながら、ここでは日本人グループには属さないという奇妙な立場となったようだ。アメリカ人である彼らの方が身内のような気がする。
団体の賑やかさに圧倒され、しばらくシーンとなっていた私たちも負けてはいられない。「ブラント、エリノア、スマーイル!」と前の二人に声を掛けて、カメラのシャッターを押した。
マッキンノン峠の上空からは、私たちが結婚式を挙げた場所をビデオ撮影した。しかし大海原を思わせるような広大な山並みにその思い出の地も危うく見逃すところだった。
飛行機を降りるとブラントとエリノア夫妻と抱き合って別れを惜しんだ。彼らはクィーンズ・タウンにもどり、私たちはここからクライスト・チャーチ行きの飛行機に乗り継ぐのだ。