クィンティン・ロッジのスタッフ責任者はブライアンとマルレーン夫妻だ。ブライアンはオークランドで塗装店を共同経営しているそうで、半年は社長、後の半年はロッジのお世話をしているとのこと。「そういうの理想だなあ」と溜め息をつく私。
彼はラグビーの大ファンだそうだ。夫と二人で話が盛り上がり、全日本の吉田をすばらしい動きのプレーヤーだと言ってほめたたえていた。
マルレーンは鳥や動物の物真似が上手で、鳴き声から形態模写まで何でもござれで驚かされる。鳥がピョコピョコ頭を動かすところなど、もう最高だ。50代後半かひょっとしたら60を過ぎているかもしれないが、品の良い美しい女性だ。ブルーグリーンのセーターが彼女の肌の色に映えて、惚れ惚れするほどすてきだ。
思わずそう言って心からほめたら、ポッと頬が桜色に染まった。マルレーンくらいの年令になっても『彼女のようにチャーミングでありたい』と思わずにはいられない。
夕食が済むと突然部屋の明りが消され、スタッフがみんな揃って歌い出した。するとキッチンのほうから「チャカチャカ」と音がして、ブライアンが花火のついたケーキを持って来た。頭にはシルクハットのような帽子をかぶり、首には蝶ネクタイを着けている。気がつくと、ガイドのキースたちもいつの間にか同じスタイルだ。みんなが一斉に夫と私の方を向いて、口々に「おめでとう」と言ってくれる。
マルレーンが「さあ、ケーキカットをするのよ」と囁いた。何とウエディング・ケーキなのだ。ナイフを持ち、言われたとおりケーキカットをすると、ブライアンが祝福の言葉を述べてくれた。感激だ。私は反射的にブライアンの頬にお礼のキス、夫は全身で「サンキュー」と言って、ブライアンと握手だ。予想もしていなかったことだけに、びっくりすると同時にうれしくて思わず涙ぐんでしまった。
私たちはケーキを一切れづつみんなに配って歩いた。花火以外には何の飾りもない、素朴な四角形のケーキだが、食べられる本物なのだ。食後で満腹なのに、みんながんばって食べてくれた。『やさしいなあ』と心から感謝する。
「結婚式のことは、今朝キースからトランシーバーで聞いていたんだよ。それでケーキや帽子を準備しておいたのさ。このことは、山中のみんなが知っているんだよ」とブライアンから説明された。帽子がとってもすてきだったので、手に取ってよく見ると、何と段ボールでできている。しかもそのうえからマジックインキで黒く塗ってあるため、ピカピカ光ってすばらしいできばえなのだった。
後でマルレーンに聞いたところによると、彼女が知る限りではミルフォード・トラックでの結婚式は今までに2組だけだそうだ。1組目はグレード・ハウスで、2組目はマッキンノン峠に神父さんを伴ってヘリコプターでやって来たとのこと。「でもトレッキングしながらマッキンノンで式を挙げたのは、あなたたちが始めてよ」と胸を張って誇らしげに言ってくれた。