それにしてもずいぶん気温が低くなった。式の間だけでも白い衣装にしたいと新品のタートルネックのTシャツ、しかも模造パールのついたものを着込んでいたのに、寒くて上着を脱げない。結局二人共クライスト・チャーチで買ってきた派手なパーカーのまま結婚式に臨むことになった。
峠の記念撮影を済ませブラント夫妻の到着を待ったが、いつまでたっても姿が見えない。私たちの足元では、いたずら者のケア軍団が強風に羽をバタつかせながら荷物をつつき回している。食べ物にありつけると期待してのことだろう。
そう言えばもうお昼時だ。そろそろ式を始めた方が良さそうだ。
横田さんと共に私たち二人がマッキンノンの記念碑の下に立つと、みんなも『待ってました』とばかりに素早く右前方に勢揃いした。ブラントのピッケルがないので、紐につけただけの御幣ではあるが、横田さんが神妙な面持ちでおはらいをしてくれる。いつも賑やかな仲間たちは固唾を呑んで見守っているようだ。
澄み切った青空、残雪の山々、雄大な大自然の懐に抱かれて私たちも厳粛な気持ちに包まれる。多少緊張しつつも、これからの結婚生活に対する決意のほどをひとりづつ述べた。当然のことながらこればかりは日本語だ。「タケシ、訳してよ」と横田さんに仲間の声がかかる。彼が慣れない同時通訳に精一杯がんばってくれるとみんな神妙に耳を傾けているようだ。
宣誓の次は指輪交換だ。ポケットに入れておいた指輪を出してお互いの指にはめると、少しばかりほっとしてうれしさが込み上げてくる。向き合う夫の笑顔も輝いている。
仲間たちがそれまでの神妙さを捨ててヤジを飛ばし始めたので、どちらからともなくどさくさ紛れのキスを交わした。あまりにも素早くてシャッターチャンスを逃したとみえて、案の定「もう1回!」と声がかかるが、さすがにそれは照れ臭いので知らんぷりを決め込んだ。
儀式が一通り終わるといつの間に覚えたのかみんなが「ケッコンオメデトウゴザイマース!」と日本語で大合唱してくれた。
ここでようやくブラントたちが登場した。「式はもう終わったよ」と聞くと「それは残念だ、ではもう1回やろうじゃないか」と力一杯言うので、おはらいだけ再度やってもらうことにした。辛うじてにわか神主を演じることができたブラントは大喜びしてくれて私はお礼のキスをお返しした。