1991年10月末から13日間、私は夫と共にニュージーランド南島を旅行した。 中でも本命は、この旅行記で取り上げたミルフォード・トラックを歩くツアーだった。
苔やシダに覆われたブナの原生林や、氷河でできたU字谷を歩き、万年雪を頂いた山々を眺望する、まさに大自然に浸る4泊5日の旅。それは私たちの結婚生活のスタートを心に刻むための、二人の儀式とも言える旅だった。
二人で初めての地を一緒に歩き、しかもその地で結婚の誓いをすること。トレッキングの旅を決意したのは、そんなささやかな目的のためだった。 けれども、いざツアーが始まってみると、状況は一変した。そこに集まった21名の仲間たちが私たちの結婚式に関心を示し、式に参列したいと言い出したのだ。
世界各地から集まった仲間たちとの会話は、すべて英語だ。片言しか話せない私たちにとって、コミュニケーションには自ずから限界があった。しかし、持ち前の勘と度胸を武器に、みんなと積極的につきあうことができた。
この旅行を思い立つまでは、ニュージーランドに関する私の知識は、お恥ずかしい限りのものだった。 『オーストラリアの南東に位置する小さな島国である』 『広大な牧草地にたくさんの羊がいる国である』 たったこれだけだった。北島と南島の二つの島に分かれていることさえ知らなかったのである。
その南島の国立公園内に、全長54㎞のミルフォード・トラックというトレッキング・コースがあるのを知ったのは昨年(1990)の夏のことだ。 私はその時本屋の店頭で1冊のガイドブックを手にしていた。何気なくページを繰っていた私の目は『世界で最も美しい散歩道』と記されたページに釘づけになった。そこには苔やシダの生い茂るブナの原生林が写し出されていた。
すぐさま夫(当時婚約者)に見せると「へえ、いいところだねえ」と彼も食い入るように写真を見つめた。山歩きが好きな彼のこと。旅行の話はその場で決まった。しかもその4泊5日のコース途上、マッキンノン峠という所で二人だけの結婚式を挙げることにした。お互い特定の宗教を信仰している訳ではないので神主や神父がいなくても困ることはない。夫38才妻42才という『おとな』には、それなりに相応しい儀式もあるだろう。
コースがオープンするのは、現地では春にあたる10月末と決まっているので、旅行時期はそのころと決めた。また旅行目的がはっきりしているため、パッケージ・ツアーはやめて手配旅行の形をとることにした。しかし、その準備には相当なエネルギーが必要だった。
トレッキング参加のための予約手続きから、国際線・国内線の航空券の手配、ホテルの予約など、やることは一杯ある。 国際線は料金の高い直行便を避けシンガポール経由にした。費用はできるだけ安くしたい。またニュージーランドの国内線については航空会社の日本支社に時刻表を送ってもらって、スケジュールとの調整を必要とした。1日に1便という路線もあり驚かされる。