ボロブドゥール遺跡公園の中には料金が安い割には立派なホテルがあり、当初の予定ではそこに宿泊する心積もりでいたが、運悪く当日は空室がなかった。そこで空港から乗り込んだタクシーを待たせて近辺を当たってみた。
幸いロータスというゲストハウスに空室が見つかったためそこに宿泊することにしたのだが、ここではそれまでの宿泊料金の最低記録を更新した。何しろ朝食込みでツイン一泊約1000円という驚異的な値段だったのである。いうまでもないことだが二人分の料金だ。
しかし確かに難点はあった。部屋は結構きれいなのだが、とにかく暑~い!バリと違ってジャワ島では建築様式が近代的なことが災いして風通しが余り良くない。従ってエアコンつきでないホテルは私たち旅行者にはかなりつらいものとなる。
シャワーと水洗トイレもついているがバスタブはないので、お風呂でのびのび体を伸ばすというわけにも行かない。おまけにこのシャワーは冷たい水しか出ないのである。贅沢に慣れている日本人にはちときついかもしれない。
そんなわけで暑くて部屋にはいられやしないので、夕食後のひとときをオープンエアーのダイニングで過ごすことにした。幸いなことにこのゲスト・ハウスの娘さんであるアティさんが私たちに付き合ってくれた。彼女はジョグジャカルタの大きなホテルに勤務しているのだが、明日の友人の結婚式に参列するために丁度里帰り中だったのである。
彼女は日本語がとても上手なのでどこで習ったのか尋ねてみると、以前近所に住んでいたという日本人女性に教わったのだそうだ。ブロークンでなく、きちんとした日本語を話す人はこちらでは珍しい。日本人客が多いという勤務先のホテルでは、さぞかし重宝がられていることだろうと推測できた。
アティさんの好きな音楽はインドネシアの流行歌であるダンドゥットだそうである。ものの本によれば、ダンドゥットというのはマレー音楽をベースに、インド音楽やアラブ音楽の要素と欧米のロックの影響を取り入れて、70年代にインドネシアで誕生した音楽であると言う。私自身はおそらく聞いたことのないジャンルだけれど、今度インドネシアへ行った時にはぜひカセットテープを買って来ようと思う。
彼女はギターの弾き語りでインドネシアの歌を聞かせてくれたり、完璧な日本語で一緒にスキヤキ・ソング(上を向いて歩こう)を歌ってくれた。
そのうち私たち夫婦にも日本の歌を歌ってくれと言う。なにしろ普段はカラオケで歌う程度なので、ギターの伴奏ができて歌詞を覚えている曲となるとなかなかパッとは出てこないものだ。決局「恋の季節」を歌ったのだけれど、その内に彼女の両親やら奥の方でおしゃべりしていた他のお客までぞろぞろと出てきて座り込んだ。私の声が大きいので奥の方までよく聞こえたのだろう。
バンドンから休暇で遊びに来ていたマイケル君と3人の仲間たちは、国の機関で教育を受けているという将来を約束されたエリートである。教育を受けた後は出身県に帰り、直ちにチーフのポストに就くのだそうだ。インドネシアは何ごとにつけ軍部が権力を握っているのだと何かで読んだことがある。彼らの制服姿から見てもいかにも士官候補生といった感じで、折り目正しくまじめな印象だ。
マイケル君の出身地であるバンドンは色白美人で有名だとのことで、男性とは違ってとても良くもてるのだと言う。彼は多少英語が話せることもあって私たち外国人にとても興味を持っているらしく、アティさんの通訳の助けを借りてとても楽しいひとときを過ごすことができた。
熱帯夜の寝苦しい一夜が明けると、目覚まし代わりのコーランが響き渡る。これはマレーシアで慣れっこになっていた私には全然効き目がなかったが、私より多少早起きの習慣のある夫には効果てきめんだったらしい。
「だってさあ、コーランだけならまだしも外はまだ真っ暗だっていうのにニワトリと犬の大合唱なんだぜ、もう参っちゃったよ。」と、とっても可哀想なお目覚めだったらしい。私には全然記憶がないけれど。