サワッディーカ? タイ語で「こんにちは」。
タイ語はこれしか知らないわたしが、1998年9月に縁あってバンコクのワット・ポー(寺院)で古式マッサージを習ってきた。
ここには、ラーマ3世の命によりシャム国初の教育施設として開設された古典医学校や古式マッサージ習得コースがあり、多くのタイ人や外国人がここで勉強したり治療を受けている。ワット・ポーはタイマッサージの総本山で、境内には巨大な金ピカの寝釈迦像が安置されている。でもわたしは仏教徒でもツーリストでもないので、10日間ひたすら本堂の東側のマッサージ場に通っていた。
わたしにとって、タイは始めての国、マッサージを受けるのも初めてだ。健康だけがとりえの私は、マッサージと言えば娘二人の肩こりをほぐすくらいしか経験がなかった。でも2年くらい前から30代のころと比べて疲れやすく、肩がこる人の気持ちも少しはわかるようになってきた。
ちょうどそのころ、テルミー温熱療法に出会い、手軽な健康法として愛用してきた。派遣先の仕事の契約が終了したのをきっかけに、10月よりテルミー学院に入学することに決めていた。そんな時期だったので、ワット・ポーにタイマッサージのコースがあると知ったとき、あ、これは面白いと思った。10日間で30時間の講習を受けると終了証ももらえる。タイの人達にふれあえそうだし、あわよくば本格的マッサージも無料で?体験できるかなという下心もあった。
バンコク到着の翌朝、タクシーでワット・ポーへ直行、マッサージ場の受け付けでワチニーさんからコースについての説明を受けた。基礎コースと、上級の指圧と癒しのマッサージコースがあり、ともに30時間で6000バーツ。日本円に換算すると約2万1千円。わたしには大きな出費だったが、ベテランのマッサージ師の先生が、英語でマンツーマンで教えてくれるようなので納得。
受講手続きはとても簡単。申し込み用紙に記入し、パスポートサイズの写真2枚を添えて提出して受講料を払えば終了。青い表紙のテキストをもらった。タイ語と英語で書かれているが、ほとんどイラストなのでわかりやすい。いよいよ明日からマッサージを習うのだ。何も知らないわたしなんかが習って大丈夫かなあ。マッサージ場の入り口には、マッサージの順番待ちの人達がならんでいる。ちょっと弱気になったが、タイ式にマイペンライ(だいじょうぶ)でいくことにしよう。
この後は宿探し。安いゲストハウスがあるカオサン通りまで歩く。バンコクの道路は乗用車、バス、タクシー、トゥクトゥク、トラック、バイクが無秩序状態であふれていて、それもすごいスピードで走りまわっている。一番大変なのは、通りを横断するときだ。横断歩道らしきところをみな適当に車の流れをみてわたっていく。どきどきしながらバンコクっ子のあとをついて走る。蒸し風呂のような空気に排気ガスと埃がまざり、むせかえるような日差しの中を汗を流しながら歩く。 これだけで相当体力を消耗する。
ワット・ポーから王宮を過ぎるあたりには右手に外務省、国防省、司法省があり、民主記念塔へと続くこの通りには公園もある。スコールの後は木々や植物の緑がみずみずしく息を吹き返す。10日間、片道30分のこの道を毎日歩いてマッサージ教室までかよったので通りの喧騒にもすっかりなじんでしまった。
カオサンで一泊250バーツのゲストハウスをみつけ、そこを当面の宿にした。ファン、水洗トイレ、水シャワー付のダブルベッドの部屋。昼間は静かだったが、夕方になると奥の路地から何百というカラオケボックスの扉をあけはなしたかと思うほどの音の洪水。大音響は部屋のベッドまで揺らしている。しまったと思ったけれど、仕方がないので持参したトイレットペーパーで耳栓をつくり防衛。天井にとりつけられたファンも負けじとうなり、なまぬるい風を送ってくる。
ようやくうとうとと寝ついたと思ったら、部屋の外から幼児のただならぬ泣き声。どうやら日本からの子連れらしい。子供はうるさいので部屋にはいりたくないと泣きわめいている。そりゃそうだ。耳栓をしていても振動がからだにひびいてくる。
散々のゲストハウス第一夜となったが、そんなびっくりハウスのような宿に最後まで投宿してしまった。ずぼらで引っ越すのが面倒くさいというのもあったが、このゲストハウスのスタッフが、なぜか皆気のいい人達だったのだ。朝の水シャワーには少々抵抗があったが、健康法だと思って水を浴びているうちに、浴びた後がさっぱりと気持ちが良いことに気づいた。